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東京高等裁判所 昭和59年(行コ)28号 判決

控訴人(原告) 株式会社村上

被控訴人(被告) 運輸大臣

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人が昭和五四年一二月二五日付で控訴人に対してした廃油処理事業許可申請の却下処分を取消す。3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

1(一)  原判決二枚目裏四、五行目「基づき」の次に「、静岡県及びその近県の海域(以下「本件海域」という。)を事業区域として」加える。

(二)  同八枚目表八行目の「本件処分」を「本件許可申請」と改め、九行目「認められず」を「認められないから、本件処分は」と改める。

(三)  同一〇枚目裏九行目「富田一雄」を「富田一男」と改める。

2  控訴人の主張

(一)  原判決は、被控訴人提出の数字をそのまま鵜呑みにして、まだ廃油処理能力に余袷がある旨認定しており、廃油処理量(実績)が少ない根本的な原因の分析や、それに関する行政当局の怠慢の問題、処理実績の改善(処理量の増大化)の方策等に関する観点が全面的に欠落している。

昭和五一年二月五日付運輸省回答(甲第八号証)によれば、運輸省は、行政管理庁の昭和五〇年七月一二付行政監察に基づく勧告に対し、「廃油処理事業の許可を受けないで廃油を処理している者であつて廃油の処理に関する技術上の基準を満たしていると認められる場合等については、その者に対し廃油処理事業の許可の申請を行うよう指導することを昭和五〇年九月二二日付で地方海運局及び沖縄総合事務局に通達した。この通達に基づく指導により許可の申請がされた場合には、廃油の処理に関する技術上の基準を満たすものについては、これをできるだけ許可するよう措置したい。」と回答している。

また、昭和五五年三月二七日開議の衆議院決算委員会議事録(甲第一二号証)によれば、同年三月二一日出光タンカー所属の徳山丸からスラツジ(油性混合物)が海洋に不法投棄された事件に基づき、同委員会の各委員が地崎運輸大臣に対し、処理施設が稼働しない一方、徳山丸のような事件が起つて海域の汚染問題が提起されていることを行政当局としてどのように受けとめ、どのように改善していくかについて質問したところ、地崎運輸大臣は、処理施設の稼働率の低い実態や不法投棄の問題について行政の怠慢が原因となつていることを認めたうえで、処理施設の有効稼働のための改善をはかり、船主等に周知徹底させて利用の効果を上げるように指導することを約束した。

現在においても、廃油処理施設を利用する船主等は、廃油処理業者を増やし、処理事業の改善をする必要があることを直接的に肌で感じており、運輸大臣に対し昭和五四年三月一〇日付で民間の処理業者をもつと増やすように陳情している(甲第二五号証)。

原審が以上のような事実を勘案して判断すれば、本件訴訟において、怠慢に基づく処理実績のみに依拠して需要に適合性がないとか、昭和四八年以降廃油の要処理量が減少して急増が期待できないなどという認定には決して至らなかつたはずである。

(二)  甲第一三ないし第一七号証及び原審証人内田格の証言等から明らかなように、紅産業は本件海域における独占的地位を最大限に利用して巨額の利潤を挙げている。

廃油処理施設の稼働率が低いのは需要がなかつたことによるものではない。静岡県の場合にはその需要は莫大であるのに、廃油処理業者が一社独占であるため向上心が失われ、必然的に稼働率低下の弊害を生じている。けだし、処理業者は独占の妙味を維持するため稼働率を低く抑えるからである。

また、仮に紅産業が海上の廃油処理事業において被控訴人主張のとおり赤字経営であり、将来もこのような状態であるとすれば、紅産業に対し海洋汚染防止法三三条一項の事業の停止又は許可の取消の規定が適用された場合には、被控訴人主張のように他の廃油処理業者が赤字経営を承知で、将来見込のない処理事業を受託することはありえない。

被控訴人は、産業廃棄物処理業者に対し処理施設の運転業務等の受託を強制することはできず、被控訴人が処理施設の委託操業を強制しうるのは、同法による許可を受けた廃油処理業者に限られるから、同法三三条一項を適用するについては複数の許可事業者の存在が必要条件となる。

3  被控訴人の主張

(一)  前記控訴人の主張(一)は争う。

(1) 原判決は、廃油処理量のみに依拠して本件許可申請が海洋汚染防止法二三条一号に適合しないものと判断したのでないことは、判文上明らかである。

(2) 本件許可申請の審査に当り、本件許可申請にかかる事業対象区域における要処理廃油の量の程度を知ることが必要不可欠であるが、本件許可申請の当時、すでに海洋汚染防止法施行後相当の期間が経過して廃油処理施設のネットワークが形成され、現に静岡県内においても既存の廃油処理事業者(民間処理事業者である紅産業並びに港湾管理者及び漁港管理者である静岡県)が存在していたことに鑑みると、その当時における要処理廃油の量を既存の廃油処理事業者による廃油処理量(処理実績)を基礎として算出することには、十分合理性が認められる。

(3) 控訴人は行政の怠慢により廃油が不法投棄され、その結果廃油処理施設の稼働率が低く、廃油処理量が少ないと主張するもののようである。

しかしながら、甲第八号証、第一二号証によつて静岡県内において廃油が不法投棄された事実があるとは認められず、仮に静岡県内において廃油の不法投棄が一部行われたとしても、その量を合理的に推計することは不可能である。また、廃油処理施設の稼働率が低いのは、原判決認定のとおり昭和四八年以降原重油の取引の停滞に伴い、廃油の要処理量が全国的に減少し、その急激な増大が期待できない状況にあること、海上貨物輸送量が伸び悩んでいること等に起因するのである。したがつて、廃油処理施設の稼働率の低いことが直ちに客観的な要処理廃油の量に比し廃油処理量が少ないという結論を導くものではない。

(4) 甲第八号証及び乙第二〇号証によれば、昭和五一年二月五日付運輸省回答の趣旨は、廃油処理事業の許可を受けないで廃油を処理しているものであつて海洋汚染防止法二三条の許可基準を充足していると思われる者に対し同法二一条により許可申請を行うよう指導し、右申謂がされた場合には右基準を充足する者についてはできる限り許可するよう措置するとしたことにあり、右基準を充足しないような者についてまで積極的に廃油処理事業の許可を促進していく意向を示したものではない。したがつて、右回答をもつて被控訴人自身が不法投棄された廃油を「需要」と認めたものとは到底いえない。

(5) 甲第一二号証によれば、昭和五五年三月二七日開議の衆議院決算委員会において各委員が当時の運輸大臣に対し国費助成により設置された全国の廃油処理施設の稼働率が低いことについて行政当局の受けとめ方と対処方を質したところ、運輸大臣が、右稼働率が低い原因は海上貨物輸送量の伸び悩みのほか、廃油処理施設の存在が利用者に周知徹底されていないことにあるから、船主等に積極的に宣伝して利用の効果を挙げるように指導していきたい旨を答弁したことが認められるだけで、それ以上に、運輸大臣が「行政の怠慢」を認めたり、廃油の客観的な発生量が莫大で、不法投棄を防止するためには廃油処理施設の有効稼働と利用者への積極的な呼びかけが必要であることを認めたりしたものではないことが明らかである。

(6) 甲第二五号証、原審証人鷲頭誠の証言によれば、船主等の昭和五四年三月一〇日付陳情書の趣旨は結局廃油の収集の迅速化を要望するにあり、その後運輸大臣が既存業者である紅産業に対し廃油の収集を迅速に行うように行政指導した結果、右のような陳情がなくなつたというのであるから、同号証による陳情が本件許可申請にあたつて重視されるべき事情であるとはいえない。

(二)  同(二)も争う。

(1) 静岡県の廃油処理施設の事業主体は静岡県であり、紅産業が静岡県の廃油処理施設を運営しているからといつて、直ちに紅産業が廃油処理事業を独占しているものとみることはできない。

(2) 本件許可申請の審査に当り重視されるべきことは、紅産業が自己の廃油処理施設で廃油処理事業を営むとともに、静岡県の廃油処理施設をも運営しているという事実自体ではなく、右事実により、静岡県内における廃油の適正な処理の確保に支障を生じているか又は生じる虞があるかどうかということである。そして、この点について問題がないことは海洋汚染防止法上各種の監督規定が置かれており、仮に紅産業に対し同法三三条一項の事業の停止又は許可の取消の規定が適用されたとしても、同会社が運営する静岡県の廃油処理施設は他の業者に委託し、右処理施設で処理できない廃油については他県の業者に処理を委託する等して支障なく廃油しうるのである。

(3) 控訴人は、静岡県に「他の業者」は存在しないから、原判決が「他の業者」に委託して支障なく処理できるとするのは机上の空論である旨主張する。

しかしながら、廃油処理施設の運転業務等の管理委託をする相手方は、必ずしも海洋汚染防止法の廃油処理事業者(許可事業者)でなければならないものではなく、廃油処理事業者と同程度に監督しうる限り廃油処理事業者以外の者(例えば廃棄物の処理及び清掃に関する法律一四条等所定の産業廃棄物処理業者等)に委託することが可能である。

(4) 控訴人は、紅産業が独占的地位を最大限に利用して巨額の利潤を挙げていることは甲第一三ないし第一七号証及び原審証人内田格の証言から明らかである旨主張するが、右甲第一三ないし第一七号証は、紅産業の廃油処理事業及び陸上の処理事業による収益の合計額を示すものであり、内田証人が紅産業の廃油処理事業による収支は赤字である旨証言していることに照らせば、控訴人の右主張は失当である。

4  証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決一二枚目裏五行目「第一〇号証の二、三」を「第一〇号証の一ないし三」と改め、同行「同内田格」の次に「、同稲田藤次、同富田一男」を加える。

2  同一五枚目表一行目「油タンカー」を「原油タンカー」と改める。

3  同一六枚目表五行目「しかしながら、」の次に「前掲乙第一ないし第三号証の各一ないし四、原審証人鷲頭誠の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、」を加え、一〇行目「要素が多く、」を「要素が多いことが認められ、」と改め、末行「ともかくとして、」の次に「本件においては、」を加える。

4  同一七枚目表四、五行目「ないとしても、」の次に「前掲乙第一〇号証の一ないし三、原審証人鷲頭誠の証言及び弁論の全趣旨によれば、」を加え、七行目「要因があるから」を「要因があることが認められ、」と改める。

5  同一八枚目表八行目「基づいて」の次に「本件許可申請が海洋汚染防止法二三条一号に適合しないので」を加え、九行目「とは認め難く」から同裏一行目「失当である。」までを「ことを認めるに足りる証拠はなく、また、本件処分は右法律の規定にしたがつてなされたもので、平等の原則に反するとは認められない。」と改める。

6  成立に争いのない甲第八号証によれば、運輸省は、行政管理庁の昭和五〇年七月一二日付勧告に対し昭和五一年二月五日付回答書(甲第八号証)をもつて「廃油処理事業の許可を受けないで廃油を処理している者であつて廃油の処理に関する技術上の基準を満たしていると認められる場合等については、その者に対し廃油処理事業の許可の申請を行うよう指導することを昭和五〇年九月二二日付で地方海運局及び沖縄総合事務局に通達した。この通達に基く指導により許可の申請がなされた場合には、廃油の処理に関する技術上の基準を満たすものについては、これをできるだけ許可するよう措置することとしたい。」と回答したことが認められるが、しかし、同号証及びその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二〇号証(運輸省港湾局機材課長が昭和五〇年九月二二日付で各地方海運局総務部長、沖縄総合事務局運輸部長に宛て発した「廃油処理の適正化について」と題する通達)によれば、運輸省は、廃油処理事業の許可を受けないで廃油を処理している者であつて、海洋汚染防止法二三条の許可基準を充足していると見られる者に対しては同法二一条に基づき許可の申請を行うよう指導し、右指導により申請がなされた場合、廃油の処理に関する技術上の基準を充足する者については、できる限り許可するよう措置することとしたものであり、それ以上に同法二三条の許可基準を充足しない者についてまで積極的に廃油処理事業の許可を促進して行く方針を示したものとは認められない。

また、右昭和五一年二月五日付運輸省回答(甲第八号証)の趣旨は、海洋汚染防止法二三条の許可基準を充足していると見られる者に対しては同法二一条に基づき許可の申請を行うよう指導し、かつ、右申請がされた場合には、できる限り許可するよう措置する方針を明らかにしたものであつて、不法投棄された廃油を廃油処理の需要にあたるものと自認した趣旨でないことが明らかである。なお、静岡県を中心とする本件海域において廃油が不法投棄された事実を認めるに足りる証拠はないのみならず、仮にその事実があつたとしても、不法投棄された廃油量を認めるに足りる証拠はない。

更に、成立に争いのない甲第一二号証によれば、昭和五五年三月二七日開議の衆議院決算委員会において各委員が当時の運輸大臣に対し廃油の不法投棄や国費助成により設置された全国の廃油処理施設の稼働率の低いことについて行政当局の受けとめ方と対処方を質問したところ、地崎運輸大臣は、廃油の不法投棄について遺憾の意を表し、船主又は航海責任者に対し十分注意を喚起する旨の通達を出すこととし、また、右稼働率が低い原因が海上貨物輸送量の伸び悩み等にあるとともに、廃油処理施設の存在が利用者に周知徹底されていない面もあるので、船主等に積極的に周知徹底して利用の効果を挙げるように指導して行きたい旨を答弁したことが認められるが地崎運輸大臣が廃油の不法投棄や廃油処理施設の稼働率の低いこと等について行政の怠慢を認めたり、廃油の客観的な発生量が莫大で、その不法投棄を防止するためには廃油処理施設の有効稼働と利用者への積極的な宣伝が必要であることを認めたりしたものではないことが認められる。

次に、成立に争いのない甲第二五号証、原審における控訴人代表者村上敏哉尋問の結果を総合すれば、静岡県における廃油処理施設を利用する船主等は、運輸大臣に対し昭和五四年三月一〇日付で静岡県における廃油処理業者は民間に一社しかなく、他に県営の処理場が清水と焼津にあるが、集荷は行つておらず、廃油の収集に迅速を欠くので、民間の処理業者を増加するように求める趣旨の陳情書を提出したこと、右陳情書の重点は廃油の収集の迅速化を要望するにあり、運輸大臣は、その後静岡県の廃油処理施設を運営していた既存業者である紅産業に対し廃油の収集を迅速に行うように行政指導し、その結果、右のような陳情はなくなつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、右のような陳情書が提出されたからといつて、直ちに本件許可申請が廃油処理の需要に適合するものということはできない。

7  紅産業が本件海域における廃油処理事業により巨額の利潤を挙げたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、原本の存在及び成立に争いのない甲第一三、一四号証、成立に争いのない同第一五ないし第一七号証、原審証人内田格の証言を総合すれば、紅産業は、昭和五七年当時主として陸上の処理事業により相当の収益を挙げたのであるが、海上の処理事業による収支はむしろ赤字であつたことが認められる。

二  そうすると、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川添萬夫 佐藤榮一 石井宏治)

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